2013.12.24ー魂の記憶

 神が地上に降りる時、神も人の姿を纏い生まれる
 人の体で生まれ、親を持ち、カルマを持ち、全てを持ち、生まれる
 真理の内側の全ての世界と、零と、無限の神の世界の生を、人としての生と、神としての存在の中に生きる
 神が持つ性質は、零か無限
 それは、何一つ手にできぬ事と、全てを手にする事のどちらかしかないということだ
 物質の世界において、神の性質を生きる事が、神の生きる意味だ
 真理はとても簡単で分かり安いもので、法則に従い、理解して行動すれば、明日が約束される
 人が、神にどれほど愛された存在かと、何もかもを与えられる世界を見ても明らかだろう
 人は、成長する為に存在し、カルマを積み重ねるために、ここに居るのではないからだ
 神は全てを、零からこの地上に創造せねばならず、物質の性質の中で、神としてある選択をしなければ、存在する場所さえ創る事はできない
 神は、神として生きる生しか存在しない
 人は、何にでもなれる
 何を選択し、何を得ようと、人は自由だ
 けれど神は、神としてしか地上に存在できない
 いつまで生き、何を成し遂げ、何をこの世界に残すのかは、自由だ
 けれどそれは、神としての選択しか選ぶ事はできないのだ
 神は、自身のためだけに生きる事はできない
 人の世界で、人の性質の生き方を手に入れる事はできないのだ
 人は、神が人知を越えた超人的な存在、絶対的な存在として崇める事を望む
 しかしそれは、人の心が作り上げた想像の世界であり、幻影は、何一つ学びを与えない
 神という存在は、奇跡の有無や超人的な力の有無で決まるのではない
 神とは、存在のあり方の事だ
 神は愛であるのだ
 神は全ての為にあり、全ての喜びを、自身の喜びとして存在できるものをさす
 神は零だ
 零は、何ひとつ持たず、何もかもを自分のものには出来ず、手にしない事だ
 ほとんどの人は、神に自分の理想を押し付けて、自分の願いを叶えるために崇めているだけにすぎない
                             2013.12.24