2014.4.25ー魂の記憶

 物質においての真我の体現は、決して容易いものではありません
 真我とは、神です
 現象を信じ、その界の法則に基づいて生きるものは皆、この現象のマーヤ(幻想)に囚われています
 何故、現象はマーヤなのかと言えば、すべての物質が作られる根本は、マーヤに端を発するからです
 私たちが現象に存在する事自体が、そもそもマーヤであるのです
 これを理解しなければ、真我である意味は遠く、儚いものに感じます
 あなたの中で物質が中心にあるなら、誰でもその者はマーヤの住人なのです
 根本は、派生のその瞬間です
 始まりは、いつも自身の望みです
 神であるという事を真に理解するなら、人は自身が人であり、神である体現をこの世に成し得ます
 この物理においての神の体現は、不完全を恐れぬことと、それを持って完全となる事です
 物理は不完全な世界です
 事象、それ自体は、神の完全なる創造に基づきますが、体現する我々人間の全てが、不完全を表す分離の性質を現します
 それこそが、私たちが存在した、アートマという個の存在なのです
 人生は、不完全こそが完全です
 事象は、不完全を表す完全です
 私たちは、存在した瞬間から、定められた設計図の通り、今を歩んだ私を表します
 これこそが完全です
 生まれ、生き、死ぬ事だけでなく、生まれる前から、通って来た全ての道が私にあって、何もかもを完全と成すのです
 人生の完璧さは、物理の完璧さとは、全く違う場所にあります
 物理の判断では、神さえ不完全な存在になります
 しかし、物理の概念を放棄した時、本当の意味で初めて、神をあなたは得るのです
                              2014.4.25